会長挨拶
一般社団法人日本農薬学会
第1期会長 與語靖洋
日本農薬学会は、1975年に設立して以来、2025年で50周年を迎えました。この半世紀の歴史を基盤に、同年2月17日に一般社団法人として登記・設立し、2月26日に法人番号が指定され、3月11日に開催された当学会の総会において承認されました。
この法人化を機に以下の2つのビジョンを掲げました。一つは、“責任ある研究とイノベーション(Responsible Research and Innovation(RRI))”です。RRIは、2000年初頭から欧米で使われている概念で、簡単に言えば「科学技術の発展における集団的管理責任を通じて未来を大切にすること(Jack Stilgoea et al. 2013)」です。そのことから研究とイノベーションには、ガバナンスやコミュニケーションと一体的に進めることが求められます。これは正にレギュラトリーサイエンスであり、この法人化もRRIの具現化のためにあります。
もう一つは、“若手育成(Nurture Young People)”です。年長者が豊富な知識や経験を基に、明確に実在する確実性が高い成果を上げるのに対して、若者にはそれらが限られており、不確実性は高いものの、いわゆる常識の範囲では気づかない潜在的可能性があります。このことは科学全般に通じることであり、学会はその可能性を引き出すための交流や情報交換の場です。
これらビジョン達成のため、法人化の第1期は科学および社会における当学会の存在意義を把握するとともに、学会からの意見の表出を目指します。また、次の50年、すなわち学会設立1世紀に向けて、法人化後の学会運営の安定化や効率化ための基盤整備を進めます。
さて、組織の在り方については“DEI”の概念があります。すなわち、「Diversity(多様性)」、「Equity(公平性)」、「Inclusion(包括性)」です。日本農薬学会において、第一に多様性の観点からは、化学農薬の合成から利用、さらには総合的病害虫・雑草管理(IPM)に至るまで、利用目的としての植物保護から植物成長調節、さらには非生物的ストレス軽減も視野に入れます。そのために、応用研究からそれを支える基礎研究まで連関できる場を提供します。第二に公平性の観点からは、会員種別、個人の所属や立場によって、状況や価値観等に様々な違いがあります。その中で若手支援に積極的に取り組みつつ、学会や科学それ自体における公平性の在り方についても考えていきます。第三に包括性の観点からは、公設試験場、民間会社、各種法人、大学、行政等、幅広い組織や立場における交流の場として、これまで以上に環境を整えるとともに、IPM、バイオスティミュラント、デジタルトランスフォーメーション(DX)等の周辺科学との関連性も深めていきます。また、若手育成の観点から国際交流の在り方も検討します。
農薬科学には、自然科学から社会科学に至るまで幅広い分野が含まれています。近年は、無機や有機化学農薬にとどまらず、ペプチド農薬やRNA農薬、さらに遺伝子組換えやゲノム編集を含むバイオテクノロジーに至るまで、さらにはナノテクノロジーを取り入れた製剤やドローンに最適化した製剤・施用法等、様々な新技術に関する研究開発や実用化が日進月歩で進んでいます。さらに、作物やヒトだけでなく非定常的複雑系である環境を研究対象とし、幅広いステークホルダーが存在するとともに、常に長期的視野が求められます。そのため、農薬科学には未知および未開の分野が多くあり、極めてチャレンジングであるとともに魅力的な学問分野です。
農薬は、植物の健全な成長や品質向上ための大切な道具です。日本農薬学会は、この道具を主題とする国内唯一の学会として、今後とも植物保護を介した農業生産の発展に貢献すべく、役員一同尽力してまいります。会員の皆様は元より、関連団体や一般市民の方々も含めて、今後ともご支援・ご協力を賜りますよう、何卒お願い申し上げます。
一般社団法人日本農薬学会 会長 與語 靖洋
2025年4月